郡上八幡の真ん中、大阪町の通りの角に、可愛らしい看板のお店がある。
郡上で唯一の栃の実を使ったおせんべいの名店。店先にはいつも香ばしい匂いが立ちのぼっている。
約束の時間になって、当主の野田修一郎さんを訪ねて行くと、暖簾の向こうから鋭い声が。
「そっちじゃなくて、こっちから工房にまわって!」
おっかなびっくり入って行くと、小さな作業場は熱気ですごい暑さ。
大柄な野田さんがさらに大きく見えるくらい、最小限の空間には、ほとんどものは置いていない。
緊迫した空気の中、声をかけることもできず、じっとその作業を見ていた。
生地を切る。金型に流し込む。回転して焼く。焼印を押す。取り出す。
一見単純な作業だが、息をするタイミングがないような、完全なテンポが出来上がっていた。
これは何年もかけて改良を重ね、厳選した無駄のない動きだ・・・!
一定の職人さんだけがもつテンポと緊張感。それは惚れ惚れする美しい動きだった。
ようやく一息ついた野田さんに恐る恐る器具について質問する。
「これはおじいが作ったものやで」
創業したおじいさんが自分で作ったかまど。
それを自分の体に合わせて改良している。
高い金額をかけて設備投資するのではなく、今あるものを改良し、長年の経験でより作業をしやすい環境を作る。
「単純に見えるけど、気温や湿度によって焼く温度や風の通し方も変える。違う状況でも、いかに同じ品質のものを作っていけるかが勝負や。」
機械では作り出せない、手焼きせんべいの味わい。
それは、長年の経験と勘によって生み出されてた。
焼きが足りないもの、形が美しくないものは、瞬時に判断して売り物からは排除する。
焼きたてを食べさせてもらったら、ザラメ砂糖がほどよく残っていて、香ばしくしっとりした最高の味だった。
作業が終わってから、座敷に移り、ようやく穏やかな顔に戻った野田さんに、どうして家業を継ごうと思ったのか聞いてみた。
「本当は継ぎたくなかった。」と意外な言葉が。
野田さんは郡上高校を卒業後、大阪の和菓子屋に修行に行っていた。
朝誰よりも早く行って、夜は誰よりも遅くまで残って技術を身につけ、仕事が面白くなった頃、家業を手伝ってくれていた職人さんが倒れた。
すぐに戻ってきてくれと父親から連絡があった。
葛藤の末、やはり長男だし・・・と戻ったが、その頃には職人さんもよかったことに元気に。
しかし、本人としてはせっかく戻ったのに居場所がなかった。
「なんやねん!と荒れたね。」目尻にシワを寄せて野田さんはニヤリと笑う。
「大人の反抗期やった。」髪を金髪に染め、好きなクラシックカーを乗り回し、休日は車や飛行機を見に行ったり・・・半ば自暴自棄。
それでも、仕事はきちんと学んで行った。
「自分がやりたいのは、この仕事じゃない。車に携わる仕事がしたい。」
そう思ったが、職人さんも高齢になり、家業を継がないといけない状況に。
しかし、今回は迷いはなかった。
「自分のやりたいことはいつでもできる。今はまわりに期待されることをしっかりやるだけ。
でも、どんなに遅くても、50代で見習いからでも、自分はいつかやりたい仕事に就くつもり。」そう話す野田さん。
自分が求められる役割・・・
実際に野田さんがやっている活動を見ると、
町の若手有志の団体ジョイン・ハンズのリーダーとして、観光客や地元の人を楽しませるイベントを主催したり、観光協会副会長や商工会青年部メンバーとして町の活性化のために活動したり。
踊り発祥祭では高提灯を持って先導したり・・・もう町ではなくてはならない存在だ。
期待されることとやりたいことと。
郡上は個人事業主の方が多い分、その家に生まれた子供たちは将来を考える時にぶちあたる壁があると思う。
けれど、野田さんを見ていると、今は期待されていることをやっているが、すべて期待以上のレベルでやりきっている。これから将来、自分のやりたいことを実現するかもしれないが、こんな風に何事もやりきれる人は、きっと幾つになっても、新しいスタートは決して怖いものじゃないのだろうな、と感じる。
子供達が将来を考える時、なにかアドバイスがあるか聞いてみた。
「自分の好きなことをやってほしい。気がすむまでやってほしい。そして没頭できるものを見つけて欲しい。いくつであっても、やりたい、という思いを持っている人は、諦めずにやった方がいいと思う。そのために自分は協力したいとも思う。」
そう思うのは、自分がやりたいと思っていたことを、途中で諦めて帰って来ざるをえなかったから。
本当にやりたいこと、住みたい場所があったのに、それを気持ちに区切りが着く前に辞めたことへの悔しさ。
そんな思いをして戻ったのに、「そこまでして帰らなくてもよかったのに」と言われたことへのショック。
意地もある。
やるべき仕事はきちんとやる。完璧を目指してやる。
それがスジだから。
でも、いつか自分のやりたいことをやる!という思いは今も諦めていない。
だから「将来を考える子供たちに、ひとつの事例として、なにか感じるところがあればな、と思う。」
そう話す野田さんの顔は、しょうがなく継いだ、という諦めの表情では決してなく、積み上げてきたことへの自信に溢れ、晴れ晴れとした顔だった。
なにかを極めた人は、何歳になっても、まったく別のスタートを切ろうと、きっとその分野でも必ず極めることができる。それは確かだ。
野田軒製菓舗
郡上市八幡町島谷940
0575-65-2436
火曜日定休
https://gujohachimanya.com/products/detail/5
http://www.gujokankou.com/spot/01hachiman/1745.html
インタビュー
絵:大坪千賀子
写真:スタジオ伝伝 川島なみ
文:スタジオ伝伝 藤沢百合